不肖不精な置小屋 seasom2

仮面ライダーのS.H.Fの写真を中心に、まったりやってます

仮面ライダーディケイド考察小説 第十七幕 「旅路」

「なるほどね…確かにこいつは『アイツ』と同じものだな」

 小野寺ユウスケは居心地の悪さに肩を縮めながら目の前のレントゲン写真を観察していた。

「神経系の状態、筋肉の活動電流量から見てもほとんどアイツが最後にここで診察した時と大差ないほど肉体が強化されている…」

「あの、それで…これを修理できる…んですか?」

「修理じゃないな、こいつはあんたの体の一部なんだから、治すんだよ」

 放っておけばいつまでも続きそうな一人語りに似た説明を遮ってユウスケが尋ねると、その医者はそう言って椅子に座った。
 ユウスケの頭にある医者のイメージからすると随分若いが、その振る舞いには独特の貫禄がある。

「安心しろ、俺はアイツの世界でたった一人のかかりつけだ。あんたの力にもなってやれる」

 関東医大病院勤務、椿秀一。
 ただその肩書きが「司法解剖専門医」なのが更にユウスケの不安を煽っていた。

「だがとりあえずいくつか聞いておきたい…まず、あんたがまたクウガに変身できるようになりたい理由だ」

クウガになりたい理由…」

「その力は人間に与えられるには度の過ぎる力だ。俺はアイツをずっと見てきたが、正直アイツがクウガだったからこそ間違わずに戦ってこれたんだと思っている。もし俺があんたの言葉を聞いてそれを信じられなかったら、俺はあんたを治療はしない」

 その真摯な瞳に、ユウスケは息を飲んだ。だからこそ言葉を作る必要は無い。

「…俺に命を懸けて、俺のやるべきことを教えてくれた大切な人がいました。その人は俺なんかよりずっと勇敢で、優しくて、人のためにあろうとする人だった。その人が託してくれた願いを叶えたい…世界中の人々を笑顔にする、その願いを。でも今は、きっと俺が曇らせてしまった大事な友人の笑顔を取り戻したい…です」

 嘘偽りのない言葉を伝えてもなお、秀一の目は鋭くユウスケの目をのぞき込んでいた。
 変なことを言ったかと心配していると、突然秀一が机を叩いて立ち上がった。

「まったく、クウガってのはどいつもこいつもそんな奴らばっかりだな!」

 罵声を上げるその顔は、とても嬉しそうに輝いている。

「まあ顔を見りゃ分かるがな…一応聞いときたかっただけだ、悪いな」

「い、いえ」

 肩を叩かれながら、随分フランクな医者だとユウスケは思った。

「むしろこっちの方が本題だ。俺以外にもアイツを支えてきた人間は沢山いるが、最終的に俺たちはある一つの問題にぶち当たった…それは、クウガになった人間が背負っている危険性だ」

 再度椅子に腰かけた秀一は調子を落として言葉を続ける。

「お前の腹にあるそのベルト…『アークル』は、今ぶっ壊れている『アマダム』って石の力で、人間の体をクウガへと変化させる。段々と体がそれに順応していくにつれて、引き出されるクウガの力は劇的なものになる。そしていずれ、心もそれに順応していく。ざっくり言うと、身も心も立派な殺人兵器になっちまう可能性があるってことだ」

「俺があったあの五代さんは、そんな風に見えなかったです」

「…黒い瞳クウガ

「!」

 黒い瞳クウガ――アルティメットフォーム。
 ユウスケがその領域に踏み入れたのは二回、そのいずれも彼自身の意志ではなかった。

 一度は月影ことシャドームーンの策略に貶められ変化したライジングアルティメット、そして今回のキバーラによって引き出されたアルティメットフォーム。
 自分の意志どころか、自分の力ですら無い。
 それに振り回されて結果、どちらも士を傷つけた。

「五代がその姿になったのを見届けた奴が言うには、確かにあいつは古代文献に記されていた真っ黒の姿へと変化したらしい。だが瞳は赤いままだったそうだ」

「赤い瞳の、黒いクウガ

「今回の施術であんたのアマダムは更なる力を得る。今でさえあの時の五代並みの力なら、間違いなく黒いクウガに変わるだろう。赤い瞳を持ったまま、黒いクウガ姿に成れるほどの心がなければ…あんたは…」

 口ごもる秀一だったが、言わんとするところはユウスケにも分かっていた。
 もしも黒い瞳クウガになったが最後、士を助けに行くどころかこの世界全てを焦土にしてしまうかも知れないということに戦慄する。

「少し…考えてもいいですか」

「ああ」

 部屋を出て行こうとする自分の足は、何かが絡みついたかのように重く感じられた。

「だけどな」

 扉に手をかけた時、後ろから秀一が言う。

「俺はあんたを信じるぜ」





「あんまり深く考えたことなかったな…クウガの力のこと」

 病院の中庭でベンチに座りながら、ユウスケはぼんやりと空を眺めていた。

「考えてみればライダーって皆、そういう力を使って戦ってんだよな…」

 クウガに変身する力を失った今は、自分にとっては普通の人間と大差ない。もし変身できる状態で先ほどの話を突き付けられたらどうしただろうか?

 きっと俺はろくに考えもせず、やると答えただろう。

 人間に戻った途端、臆病風に吹かれるなんてのは酷く醜く思えた。
 今でも戦う理由に嘘はないし、そのために立ち上がりたい。
 なのに踏み出すための自信がない。

「姐さん…」

 頭を抱えて幻影にすらすがろうとしてしまう弱い自分が、果たして赤い瞳の黒いクウガに成れるのか。

「君が、小野寺君か」

「は、はいっ!?」

 意識の外から呼びかけられ慌てて顔を向けると、スーツ姿の男性が立っていた。

「隣、座ってもいいかな」

「え、ええどうぞ」
 失礼、と断ってからベンチに腰かける。
 生真面目な雰囲気を纏ってはいるが、その表情は優しいものだった。

「初めまして。俺は一条…かつて未確認生命体合同捜査本部で、五代雄介に協力していた警察官です。」

「お、小野寺です…初めまして」

 ユウスケはこの世界のクウガもまた警察と共に戦っていたことに、妙な縁を感じた。

「今は他所で勤務しているんですが、未確認生命体四号に酷似したものが二体争っていると警察に連絡があって、急遽詳しかった俺が呼ばれて駆け付けたんです。正直もしかすると、五代に会えるんじゃないかと思って矢も楯もたまらずにね。そしたらここにもう一人のクウガがいると聞いて…事情聴取もあって君に会いに来ました」

「事情聴取…!も、もしかして俺、逮捕されるんですか!」

「理由いかんによっては、ですが器物破損もないし怪我人もいない。安心してください」

 ほっと胸をなでおろすユウスケを見ながら、一条は続ける。

「君もこうして見ていると本当に普通の…青年に見える」

「まあ今は、変身できませんし」

「君を診た医者…秀一から聞きました。黒い瞳クウガに成るかも知れないと」

「…はい」

 一条は懐から透明な密閉袋を取り出して、ユウスケに手渡した。中には鈍く光る弾丸がひとつだけ入っている。

「これは?」

「対未確認生命体用の強力な弾丸です。これで撃たれればグロンギでも致命傷を与えることが出来る。そしてこの弾丸は五代との約束の弾丸…」

 最後の戦いの前に交わされた約束。

「もし自分が黒い瞳クウガに変わってしまったら、撃ってくれと…」

 その悲壮な決意の重さは、かつてを語る一条の言葉の重みに変わっていた。

「あいつは赤い瞳のまま黒いクウガには成れた。みんなの笑顔を守るために。でも…俺はあいつにそんな遠回りをさせたくは無かった…」

「遠回り…ですか」

 ユウスケは空を見上げて思い返す。

「でもきっと、それは必要だったんだと思います。自分もひょんなことからクウガになって、憧れの人に役立ちたくて必死に戦って。そしてある時出会った妙な連中――士達と共にいろんな世界を越えた旅を始めた。その旅の中、色んな人達と出会い、時にはすれ違って争いあうこともあった。けれど…最後には分かりあえた。五代さんもそうじゃなきゃ、あなたやあの先生…椿さんのような素晴らしい人たちと出会えなかったと思うんです。この空で世界は繋がっているけれど、人同士は出会わないと繋がれない。そのための…遠回り」

 言ってからしばらくしてキザったらしい台詞を吐いたことに後悔し、きょとんとした表情の一条の顔を見て更に後悔する。

「すいません」

「いや、まさか俺の方が励まされるとは…と思ってね。」

 一条は顔の筋肉を緩ませて、微笑んだ。

「実は俺がここに来たのは、秀一に頼まれたからなんだ。もう一人のユウスケの、背中を押してほしいと」

「俺の…?」

「ああ」

 再び懐から取り出した弾丸越しに、ユウスケを見る。

「五代との約束は…まだ続いていたらしい」

 ユウスケはその言葉の意味を察するのに数十秒を要し、そして答えるまでにはさらに長い時間を要したが、一条は全く微動だにせず彼の言葉を待ち続ける。

 果てしなく長く感じた時間を越えて、覚悟を決めたユウスケは口を開いた。

「お願いします!…もし俺が…暴走してしまった時は…!」

 一条が頷く。

「行こう。秀一が首を長くして待っている」