仮面ライダーディケイド 考察的な小説「十度目が始まるその前」
<忘却の王>
深き闇の中で、それは彫像のように身じろぎもしない。
光が差さなければ何も視えず、次第に感覚も失われていく。
眠りにも似たその心地が自分の中の煮えたぎる血を冷やし、凍らせてくれるのではないか。
そんな希望は、光とともに失われる。
「ン・ガミオ・ゼダ!ゴ・ガドル・バがザギバスゲゲルを挑む!」
入口を閉じていた大岩が動かされ、名乗りを上げた者が陽光を背にこの洞窟の中へ足を踏み入れる。ガミオの体から噴き出る霧が充満しているせいでまだ光は彼のもとに届かない。
急襲を恐れてか、それとも自信ゆえか。大抵の者は霧を押しのけながら一歩一歩確かに踏みしめるように歩み寄る。
どのみち、与えられるものは最後だと決まっているのに。
ン・ガミオ・ゼダの深紅の体はまるで血塗られるたびに大きくなるようだった。
自分がこの小さなほら穴にこもっている間、外では様々なゲゲルが行われ、名誉ある成果を挙げた者が「ン」の称号を得るために彼に挑む。
愚かな話だった。
どうしても闘わなければならない種族であるグロンギの王になったところで、することはただ一つ、結局闘い続けるだけなのだ。
平和を望むものも、破壊を求めるものも自分の通った後では何も残らない。行きつく先は、究極の闇などでは無い。滅びなのだ。
だから彼は、一人暗闇の中に籠り、ただただひたすらに祈りを続けた。だが結局それはこの力による被害者を選別するだけであって、何の解決にもなってはいなかった。沢山のリントを殺し、ザギバスゲゲルを終えた者が自分に殺される。
ゲゲルを中止しなければならない。そして、挑まなければならない。自分達のこの血に流れる邪悪な意思と滅びの運命に。
「…名も名乗らないで入るとはな」
しかし、それは突然現れた。
燃える物など無いはずの洞窟に、炎が煌々と揺れる。
「君が『ン』なんだよね」
お互いの姿が照らされて、ガミオは驚愕した。
天衣無縫のその身に纏う装飾は形こそ違えど「ン」そのものだったのだ。
「おんなじ力を感じる…!君は僕を、楽しませてくれるよね」
無邪気な声とともに掲げられた掌から強烈な力を感じ、ガミオは王座から今までどんな「ゴ」共が挑もうと崩さなかった足で飛びあがっていた。
「馬鹿な!」
大地を引き裂くほどの脚力から放たれた全力の蹴りが、握手のように受け止められる。
ガミオは肌で感じ取っていた。
この「邪な黒」の中ですらそれを塗りつぶすほどの「禍々しい白」。
もしも野放しに…いや、「ン」になってしまったなら、一体この世界はどうなってしまうのだ!?
「貴様…何者だ!」
咆哮、そして一撃。
だがその致命的な一撃を受けたのは、ガミオだった。
限りなく緩やかに放たれたと錯覚するほどの動きは、美しさすら感じる。
壁面に叩きつけられ、地に伏せる。
これまで傷一つ負わなかったはずの王は、もはや自分が頂点で無いことを悟った。
目の前にいる相手は…無邪気で残酷な、神。
「初めてだよ…!触って壊れなかったのは!
君なら…君なら僕を満足させられる…?」
「う…おおおおおッ!」
皮肉にもグロンギの性か、ガミオは立ち上がる。
平和や安らぎへの憧れが壊される恐怖以上に彼を満たした、自分より強いものを見つけた歓び。
その瞬きが、白く溶けゆくまで彼は吠え続けた。
ダグバは立ち尽くしていた。
満足こそできなかったが、初めて手加減なくその力を振るうことができたことに得も言われぬ興奮を感じて。
さっきまで王だったものの無残な姿を見降ろすと、その体はもうピクリとも動かないが彼の力…黒い霧は緩やかに漏れ出し、周囲の鉱物がそれに反応していた。
「へえ…」
その鉱物が精製を経てグロンギの力の源となることなど彼は理解できなかったが、その微かな力の拍動に笑みをこぼす。
「いつか君が種になって、もっと強い生き物が生まれてくるかもしれないね」
完全に討ち滅ぼすことは簡単だ。それをこらえることは難しいが、ダグバは王座をその上に乗せる。
「楽しみだよ…」
そして勝者が王となり、その王は原初のリントの戦士…クウガと出会う。
「お前がグロンギの王か!」
「そうだよ。でもそれじゃあ呼びにくいね…ン…ダグバ・ゼバ。僕の名前はン・ダグバ・ゼバだ」
そしてクウガと壮絶な戦いを繰り広げ、その残虐さと強さから王と讃えられたダグバ。その輝きにかき消され、あまつさえゲゲルを廃絶しようとしたとも言われるガミオはグロンギの恥として歴史から抹消された。グロンギを生み出す肉体そのものも、リント達がアークルの力によって封印し、いつしかその存在すら世界から忘れさられていった…
しかし、彼はそうではなかった。
「…見つけたぞ、究極の闇よ」
傷の癒えきらない体を引きずりながらも、次元を渡り歩いてようやくそれを見つけたのだ。
かつての王座…封印の塚を見て鳴滝は哄笑を上げる。
「ディケイド…ここがお前の墓標となるのだ!」