仮面ライダーディケイド考察小説 第二十幕 「ロストヒーローズ(後編)」
ただひたすらに、憎しみだけで走り続けてきた旅だった。
鳴滝に自らの世界を滅ぼされ、その正体がただの化け物だと知ったとき。
化け物の目的が、下らない世界征服ゴッコだと知ったとき。
あと一歩と言うところまで追いつめておきながら、取り逃がしたとき。
それを幾度も続けて――今もなお、憎しみは募るばかりだった。
それはまるで呪いのように、彼を縛り付けていた。
これもアニゲル――いや、ビルゲニアの術なのだろうか。夏海はディケイドの…士の思考が、まるで自分の中に流れ込んでくるような感覚に浮かされていた。
「いいパワーだ!」
減らず口を叩くたびに胸が痛む。
「だが、これでどうだ!」
『AttackRide Slash!』
「ぐっ!」
相手を傷つけるたびに大事な何かを失くしていく。
いや、もう失くすほど何も持っていないのかもしれない。
「たあっ!」
「甘い!」
「ぐっ!」
ディケイドライバー。元々はトリックスターという無限のエネルギーを秘めた石から、力を取り出すために作られた装置だった。
力を引き出すだけでは暴走してしまい、大惨事を引き起こしてしまう。
それが、彼ら九人のライダーのベルトだった。
だが何の因果か、それを悪用しようとした怪物に対抗するためにその装置はディケイドを生み出し、元となった仮面ライダー達同様戦うための道具となった。
だからこそ、士はこれが鳴滝に利用されるのを拒み、自らディケイドに変身した。
「やるな…だが、そろそろ終わりにしようか」
だがそれも、ほとほと疲れ果てた。
「…」
いっそのこと、このライダーに負けてしまえば楽になるかも知れない。
「はあああああっ!」
そんな思いとは裏腹にディケイドもまた拳に全エネルギーを収束させ、マゼンタに煌めかせる。
「うおおおお!」
「はああああっ!」
魂を賭けた一撃が交錯し、同時に胸を撃つと思われた。
「な…にっ!」
だがそんなディケイドの予測とは裏腹に、クウガの拳は明らかに横へと逸れた。
(止めて――!)
(止めろ――!)
士と夏海の叫びが初めて同調した。
だが、もう拳は止まらない。
(大丈夫)
まるでそう言うかのように、クウガが頷いた。
「お前はっ…俺を…!」
憎まないのか!?
恨まないのか!?
何故…どうして!!
(君のことを…信じるよ)
「――!」
夏海の視界が暗転し、突然体の感覚が戻る。
「意識ははっきりしているか?」
「オーディン…さん」
体を確かめるまでもなく、自分がキバーラに変身していることに気が付く。
「先ほどまでビルゲニアの力で、精神攻撃を受けていたのだ…随分悪趣味なものをな」
「…途中はいろいろな人の考えが流れ込んできて、頭が割れそうでしたけれど…最後はほとんど士さんの声でした…助けを求めるような」
「……」
「あれが、あの方の背負ってきたもの――なんですね?」
「直接聞いてみるといい。どのみち、私はもう限界の様だ」
「最後の力で君を士の下へと送る」
「…お願いします」
意志を決めた声の彼女を、タイムベントの力を応用して彼の下へと送り出すとオーディンの体は消滅を速めた。
「…戦え、それが願いを叶えるための、手段だ」
「ぐっ…あ…」
視界が暗転する。
すべてのライダー達との邂逅、そして激突がディケイドの体を蝕んでいた。
「いい眺めだぞ、ディケイド」
「ビルゲニア…!」
昏倒しかけて閉じられていた視界が、その声に開く。
それ程に激しい憤怒。
「これまで幾度となく邪魔をされたが…ここで貴様の復讐劇も幕を下ろすというわけだ」
「黙れ!」
「自分と同質の力を持つ者達とぶつかればタダでは済むまいと考えてこの『ライダー大戦』を仕組ませてもらったがいやはや…まさか全員を一人で倒すとは驚きだぞ。まさに『世界の破壊者』に相応しい」
「ぐ…おおおおお!」
ディケイドは唸り声を上げ、体に鞭打ち立ち上がろうとする。
「観念しろ、今楽にしてやる!」
ビルゲニアの剣先から放たれた破壊光線を、横から現れた白いライダーが鏡の様な障壁を張って横へと弾いた。
「やはり生きていたか……!」
忌々しくビルゲニアが呻く。
「大丈夫ですか!士さん!」
「当たり前だ…」
強がりを見せるが、ディケイドの体は今にも崩れ落ちそうに震えていた。
血も肉も削がれ、心だけで立ち上がる。
「フン、今更ロクな力も持たん王女が何をしに来た?身の程知らずにも程があるぞ」
キバーラは挑発に答えず、視線をビルゲニアに向けたままディケイドへと告げる。
「今から私が、ネオファンガイアの秘術で時を逆流させます」
「時を…だと?」
「そうすればあの怪物をこの世界に縛り付けて、もう一度過去からやり直せる。ただ、その代わりに私は全ての記憶と力を失って…あなたも全てを失います。」
「…それでも」
ディケイドは答えた。
「倒さなきゃいけないあの野郎と、倒してはいけない奴らの顔を、俺は絶対に忘れない」
「なら私はせめて…あなたの隣にいます」
キバーラのその言葉を最後に、意識が途絶えた。
「どうやら、計画通りに行ったようだ」
見渡す限りの瓦礫と黄塵にまみれた世界の中、倒れたまま動かないディケイド。
その傍らにはザンバットソードを下げたダークキバが立っていた。
ダークキバがザンバットソードを手放すと、地面に突き刺さる。
「――ッ!」
そして閃光が走ると、仮面ライダーキバこと紅渡が剣と入れ替わるように姿を現した。
「僕は…!」
余り状況を飲み込めていないキバは自分の足元に伏したディケイドと、周りの風景を交互に見やる。
「…これが最善の選択だとは思わないな、金色の」
ダークキバが虚空より現れたオーディンへと問いかける。
「最善の選択などは無い。常に何かを得る代わりに何かを得る、それが選択だ」
「聞き捨てならないな」
その返事に食って掛かったのは、続けて現れたディエンドだった。
「あれは何だ――ビルゲニアの存在が固着されたか確認に戻ってみたら、もう一人の僕と士がいた。どういうことだ!」
「キバーラが使ったネオファンガイアの秘術は、対象の時間を遡らせることで存在を一時的に消去する封印だ。
本来なら術者の犠牲を伴うだけで済むが、ビルゲニアの強大な力を抑え込むにはそれだけでは足りず、世界そのものが丸ごと時空のねじれに飲み込まれた。
その結果、すべての時間が巻き戻ってしまったわけだが…お前と士は別の世界からの来訪者だ。その存在を肯定するために『最初からあの場に居た士と海東』が新たに創造されてしまったようだ。
もっともそれは他のライダー達も同様の様だが」
「僕らは――どうなる」
「特異点である電王と、既に死んでいるそこのダークキバ、そして疑似存在である私以外は、近づけばどちらかが消滅する。存在を肯定されなかった、どちらかが」
「知っていたのか」
「予測は出来ていた」
「止めろ海東…」
「士!」
目を覚ましたディケイドが、彼を制止した。
「どのみち俺たちはあのままなら負けていた」
「馬鹿な…僕たちはいつもそこから這い上がってきたじゃないか!」
「…いくつもの犠牲を出しながら、な」
その言葉に海東は口をつぐむ。
「もう俺は戦えない…あのライダーに救われて、自分の浅はかさを知ったよ。復讐しか目に見えていなかったから、俺は誰彼構わず手にかけた。そんな俺にアイツは憎しみの欠片も見せずに、俺の目的も分からないのに、任せてくれた」
「そんなのは…!」
「だから俺も託すよ、もう一人の俺に…その準備は出来ているんだろう、神崎」
「勿論だ」
オーディンが頷く。
「俺と金色のは表立つことはできないからな…渡、お前にも協力してもらう」
ダークキバの言葉に、キバは状況が飲み込めないままながらも少しうれしそうに答える。
「はい!」
「こんなのは認めない…僕は君の邪魔をするよ、士」
海東の言葉は、涙を滲ませていた。
「構わないさ」
しかしディケイドの声は、どこか晴れ渡っていた。
これが夏海の記憶、そしてダークキバから伝えられた真実。
失われた戦士の記憶を抱えながら、夏海は決めかねている。
伝えるべきか、伝えないべきか。